可視光励起顕微共鳴ラマン分光法を、好中球内顆粒に含まれるミエロペルオキシダーゼ(MPO)に適用することにより、本ヘム酵素の顆粒中における存在形態、顆粒からの放出過程、放出後の酵素の構造・活性、および、それらに対する抗炎症剤等の影響を細胞内で直接観察し、MPOによる殺菌・炎症機構および抗炎症剤の作用機構を分子構造レベルで解明することを目的として以下の研究を行った。先ず、ヒト血液から好中球を分離し、さらに好中球からMPOを分離精製した。精製したMPOの可視共鳴ラマンスペクトルを、過酸化水素、塩素イオンの共存、非共存下で測定し、ヘムの構造を解析することにより、反応中間体の一つであるCompound IIの形成に伴い、ヘム中心鉄は3価、高スピン状態から4価、低スピン状態に変化することを明らかにした。また、MPOは抗炎症薬であるファモチジンを基質として酸化し、ファモチジンの共存によりCompound IIが安定化されることを見い出した。好中球内のアズール顆粒に貯えられているMPOの顕微ラマンスペクトルを測定し、分離精製したMPOのラマンスペクトルと比較した結果、顆粒中におけるMPOのヘム鉄は、3価、高スピンであり、分離精製したMPOと同じ状態にあることが明らかとなった。さらに、塩素イオンおよびファモチジンのMPOに対する結合様式を調べるために、紫外励起共鳴ラマンスペクトルを測定した。その結果、塩素イオンの結合部位は2個所あり、ファモチジンはそのうちの一個所の近傍に結合することが明らかになった。以上のことから、ファモチジンは、塩素イオンのMPOへの結合を競争的に阻害することにより、抗炎症作用を発揮する可能性が示唆された。
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