リン脂質2重膜は構造を持った相であり、その中での物質の会合状態の研究は極めて難しい.われわれは分子間蛍光エネルギー移動を測定することによって膜中での分子会合の様子を明らかにしたいと考えた.2つのクロモフォアの間のエネルギー移動は両者の間隔の6乗に逆比例するので、蛍光のドナーとアクセプターが別々の分子上にあるときその距離から分子間相互作用を評価しようと言うものである.対象は膜融合ペプチドで、ペプチドの多量体化が膜融合の誘起に必須であるというこれまでの推測を実証したい.これまでの蛍光修飾剤は疎水性が極めて強く、それ自身の会合性が強くて小さなペプチドを対象とするには不向きで、出来るだけ天然アミノ酸に近いものであることが望ましい.それでドナーとしてトリプトファン、アクセプターとして7-アザトリプトファンを選び、それぞれを含むペプチドを合成することを試みた.トリプトファン含有ペプチドの合成は容易であったが、残念ながらL-型の7-アザトリプトファンはこれまで化学合成されておらず、L-グルタミン酸とのジペプチドに導いて得られたジアステレオマ-を分割し、後加水分解してL-型の7-アザトリプトファンとする通常の方法では充分量を得ることは大変困難であることが判った.それで別の方法としてドナーであるトリプトファン蛍光をエネルギー移動で消光する系として3-ニトロチロシンを選んだ.このアミノ酸はL-チロシンから容易に導かれ、フェノール性水酸基を保護することなく一般のペプチド合成に供しうることが判明し、これを含む20残基の膜融合活性ペプチドを合成することが出来た.トリプトファンペプチドと3-ニトロチロシンペプチド双方を含んだリン脂質膜について、トリプトファン蛍光の寿命を測定中である.
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