本研究においてはまずH-NSによる転写制御の分子機構を探る目的で、H-NSの構造と機能の相関に焦点を当てて解析を行った。hns遺伝子の変異株を系統的に取得し、分子遺伝学的・生化学的解析を加えることで各変異の表現型を整理し、H-NSが少なくとも三つの機能ドメインから成ることを明らかにした。N末端側には転写抑制に直接関わるドメインが、C末端側約1/3にはDNA結合に関与するドメインが存在し、中央部はダイマー形成に関与する。これらの機能的重要性も同時に証明した。また共同研究によって明らかにされたC末端側ドメインの三次元構造と変異解析の結果を対照することで、DNA結合ドメイン内のループ構造がDNAの認識と結合に重要であることを明らかにした。またさらにH-NSが関与する複雑な遺伝子発現制御機構についての解析にも着手した。大腸菌bglオペロンは典型的なサイレント遺伝子であり、H-NS並びに真核生物におけるサイレンサー様のシスエレメントによって、通常条件下では転写されない遺伝子となっている。上記課題の遂行中に、この遺伝子サイレンシングが生じるためにはDNA結合能を失った変異H-NSタンパク質でも十分であることが判明し、サイレンシングにおけるH-NSの関わりについて興味深い側面が明らかにされた。また定常期特異的シグマ因子の発現制御にはH-NSが負の制御因子として機能するが、この関与は転写段階ではなく翻訳とシグマ因子の安定性の両段階であり、H-NSの機能がこれら転写以外の細胞機能にも密接な関わりを持つことを示唆している。本研究ではこれらの課題に対して予備的な結果しか得られなかったが、H-NSによる遺伝子発現の細胞レベルでの統御を知る上で重要な課題であるといえよう。
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