申請者は大腸菌のゲノム解析を独自の方法で進め、増殖期から定常期への移行時におこる生菌数の大幅な減少に関与する遺伝子(ssnA)を発見した。また、この細胞死はrpoS変異で99%以上にも達することや、rpoS変異による細胞死の増加はssnAの変異によって抑制されること、さらにはssnAは定常期に特異的に発現し、定常期に発現するRpoSによって負に調節されていることなどを見いだした。これらのことから、この生菌数の減少がプログラムされており、定常期での安定な細胞の存続維持に必要と考えられる。本研究ではこの細胞死の分子機構を明らかにすることを目的として、SsnAの解析を中心に研究を進めている。平成10年度は以下の研究を行った。1)SsnA過剰発現による生育抑制のサプレッサー検索:SsnAを過剰発現すると大幅な生育抑制が見られる。その生育抑制を解除するサプレッサーをトランスポゾンを用いて検索した。これまでの解析から、2つの異なるサプレッサーが分離され、その一つのサプレッサーIはrseAへの挿入変異であった。rseAはRpoEの負の活性調節因子遺伝子であることから、本株ではRpoEの活性が高まっていると予想された。そこで、RpoEのクローン化を行なったところ、同様なSsnAによる生育抑制の解除が見られた。サプレッサーIIの原因遺伝子は未同定であるが、サザーンプロット解析からrseAとは異なることが示された。2)サプレッサーI株の性状:サプレッサーI株やRpoEのクローン株は野生株と比べ、定常期の生菌数は変わらないが、濁度を大幅に減少させた。また、顕微鏡観察では死菌が見られなかった。これらのことから、RpoEの活性が高まると死菌の溶菌がすすむこと、また定常期で生菌を維持するための栄養源は溶菌によって与えられると考えられるが、その生菌維持にRpoE依存性の溶菌機構が存在することなどが示唆された。3)rpoEの定常期での発現をlacZとのオペロン融合体をもちいて解析した。その結果、対数増殖期後期から発現が高まっていることがわかり、熱ストレスだけでなく増殖に応じた発現調節の存在が伺える。4)サプレッサーII株の性状:サプレッサーII株はサプレッサーI株と異なり定常期の濁度の減少は見られず、またP1ファージに非感受性を示した。5)サプレッサーI株とII株ともに膜画分の39kDa前後の2つの蛋白の発現が減少していた。この結果と両サプレッサーがssnAの発現に影響を及ぼさないことから、一部共通した機構によっSsnAによる生育抑制を解除していると思われる。
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