ホヤ芽体の体軸誘導因子であるレチノイン酸は、間充織細胞に働きかけて脱分化・分化転換因子を放出させることがこれまでの研究で示唆された。それらの因子はアミノペプチダーゼ様ならびにトリプシン様酵素活性を示した。本課題研究はこれらの酵素活性の本体を同定することから始まった。 アミノペプチダーゼ様因子は40kDaポリペプチドとして精製され、培養細胞に対して細胞増殖と消化管特異的分化抗原の発現を誘導した。そのアミノ末端と内部の部分アミノ酸配列を決定し、それらの情報を手がかりに、ホヤcDNAライブラリーから全長cDNAをクローニングした.塩基配列から推定されるタンパク質はtrefoilモチーフとシステインプロテアーゼモチーフをもっていたので、これをホヤtrefoil factor(tTF)と命名した.大腸菌発現系を用いたリコンビナントタンパク質は、期待に反して培養細胞に対する増殖促進と分化誘導活性を示さなかった.この結果はtTFが生理活性をもつためには、糖鎖の付加などの二次的修飾が必要であることを示唆した. トリプシン様因子は全長約2.8kbのcDNAとして得られた.予想される翻訳領域は869アミノ酸残基をコードしていた。翻訳領域のC末端側はセリンプロテアーゼドメインをもち、N末端側はタンパク質間相互作用に関与することが知られている複雑なドメイン構造をもっていた。以上のような理由から、このホヤのタンパク質をtunicate retinoic acid-inducible modular protease(TRAMP)と命名した。 リコンビナントTRAMPタンパク質はトリプシン様活性が最も強く、トロンビン、エラスターゼ様活性も示した.TRAMPは多能性細胞由来の培養細胞株に対して、著しい増殖促進活性を示した.増殖した細胞は細胞内顆粒を失い、脱分化がおきているように思われた。TRAMPと同程度の酵素活性になるように調製したトリプシンを培養細胞に与えたところ、細胞増殖は全く認められなかった。この結果は細胞増殖の調節がセリンプロテアーゼの活性中心以外の領域で行われていることを示唆した。 TRAMPmRNAは発生中の芽体の間充織細胞で発現しており、発現場所は多能性細胞が脱分化する領域に限られていた。抗TRAMPモノクローナル抗体を用いた免疫染色も同様の結果を示した.これらの結果はレチノイン酸によって間充織細胞がプロテアーゼを分泌し、それらが多能性細胞の脱分化・増殖を調節するという我々の仮説を裏付けるものである.
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