ラットが胎児期の最後にX線被曝すると、小脳小葉の形態異常が起こり、プルキンエ細胞が顆粒細胞層や白質に異所形成される。本研究では、小脳形成異常の機序を検討するため、プルキンエ細胞やベルグマン細胞の配列の過程を観察し、細胞配列に重要な働きをする、細胞外マトリックス蛋白や細胞接着分子の関与を調べた。ラットを妊娠21日の朝、2.5グレイのX線に被曝させ、被曝6時間後の新生仔から成獣までの小脳の標本を得た。X線被曝12時間後までに外顆粒層に多数の細胞死がみられた。プルキンエ細胞はX線によって死に至らず、細胞外マトリックス蛋白や細胞接着分子の発現に対照と差が認められなかったことから、X線抵抗性と思われる。しかし整列が障害され、内顆粒層に異所形成されるものも多かった。一方、生後4日に同様の2.5グレイのX線に被曝させたものでは、小脳形態異常は軽微であった。このことから、プルキンエ細胞の異所形成は、プルキンエ細胞がX線の直接影響を受けたためでなく、細胞環境の変化が原因と思われる。また、小脳小葉の形態が決定する臨界期は出生直後であることが示唆された。細胞環境として検討した分子のうち、リーリンだけが蛋白、mRNAともに顕著に減少していた。リーリンは、リーラーマウスの原因遺伝子として発見されたもので、大脳皮質神経細胞の遊走・配列や、プルキンエ細胞細胞の脳室帯から小脳皮質への遊走に重要な役割を果たすとされる。X線被曝により、リーリン産生細胞である顆粒細胞が激減し、プルキンエ細胞が整列する時期に一致してリーリンが減少したことが、異所形成の原因と考えられる。本実験は、リーラーマウスのように生涯リーリンを欠損するのでなく、X線被曝によって一時的にリーリンを減少させたものであり、プルキンエ細胞整列および小脳小葉の発生の臨界期にリーリンが必要であることが初めて示された。
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