滑動性眼球運動の際には、頻繁に頭部を動かして視線(空間内眼位)を移動するため、滑動性眼球運動は必然的に前庭動眼反射系と干渉を起こして視線信号を形成する。本研究では小脳片葉・傍片葉と虫部が垂直滑動性眼球運動の発現と実行および前庭動眼反射との干渉においてどのような役割分担を担うかを明らかにするため、訓練した日本サルのこれら領域のニューロン活動の性質を詳細に調べた。小脳片葉・傍片葉で垂直眼球運動課題に応答し、プルキンエ細胞と同定した58個の応答を調べると、これまで水平眼球運動で定説になっている視線運動速度信号を担うプルキンエ細胞だけでなく、眼窩内の眼球運動情報を担うプルキンエ細胞も多数記録され、後者の方が過半数(65%)を占めた。更に水平位の角度を種々に変えて垂直回転を加えることにより、最適応答方向を個々のプルキンエ細胞で調べると、垂直視線速度プルキンエ細胞と眼球運動プルキンエ細胞の最適応答方向は著明に異なり、視線速度プルキンエ細胞は垂直pitch方向であるのに対し、眼球運動プルキンエ細胞は垂直半規管平面からroll平面に分布した。特に下向き眼球運動プルキンエ細胞の多数は反対側の後半規管に向いており、後者から興奮性入力を受けることを示唆した。小脳虫部で滑動性眼球運動に応答した50個のプルキンエ細胞活動を調べると、小脳片葉・傍片葉とは異なり、水平あるいは垂直に最適方向を持つ細胞のほかに、斜め方向に最適方向を持つプルキンエ細胞が多数記録された。これら細胞の多数は前庭動眼反射抑制課題時の視線運動にも応答した。滑動性眼球運動時の応答と前庭動眼反射抑制課題時の応答の最適方向は個々のニューロンで一致した。以上の結果は、小脳片葉・傍片葉と虫部プルキンエ細胞の応答の違いを明らかにし、これら領域が担う役割の違いを示唆する。
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