1.逆行性伝達物質がシナプス伝達の可塑的変化に重要な役割を担っている可能性が指摘されているが、抑制性シナプスでの研究はまだ少ない。そこで、抑制性シナプスにおける逆行性伝達物質の作用を調べるのに適した実験系を確立し、逆行性伝達物質の同定およびその放出メカニズム・作用メカニズムを明らかにすることを試みた。具体的には、小脳および海馬スライスで報告されている"depolarization-induced suppression of inhibition(DSI)"という現象を、培養海馬ニューロン間の抑制性シナプスにおいて再現し、逆行性伝達物質の関与について詳しく解析した。 2.新生仔ラットの培養海馬ニューロンを用い、シナプス後ニューロンの脱分極により抑制性シナプス電流(IPSC)が一過性に減少するという現象(DSI)が観察された。このDSIの性質を調べたところ、以下の結果を得た。 (1)DSIの誘導には細胞外液のカルシウムイオンが必要である。 (2)DSIはシナプス前ニューロンからの伝達物質放出量の減少による。 (3)DSIは、プロテインキナーゼCの活性化剤であるボルボルエステルで抑制される。 (4)DSIは、希にではあるが、脱分極したニューロン上のシナプスのみならず、周りの他のシナプスにおいても発生する。 (5)DSIは、オピオイド受容体阻害剤やGABA受容体阻害剤で抑制されない。 3.以上の結果は、これまで脳スライス標本で観察されていたDSIという現象が培養系で再現可能であることを示す。また、この実験系を用いて、DSIのボルボルエステル感受性やDSIが周りのシナプスにも広がりうること、などの新知見を得た。逆行性伝達物質の実体については、オピオイドやGABA以外の可能性について今後検討する予定である。
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