平成9年度の主要課題であった『国家』篇第一巻の分析は、ほぼ予定通り進んだ。すなわち、1『国家』篇第一巻におけるソクラテスの主要な対話相手であるケパロス、ポレマルコス、トラシュマコスの正義についての分析を行い、対話の焦点が彼ら対話相手たちの語るその正義の語りの吟味にあることを見出した。具体的には、(1)ケパロス-ポレマルコスの伝統的な正義の語り方が、3種の語り(公共的な語り、日常の事象に広く開かれた(事実の)語り、そして因果性による力の語り)から成っており、それらの語りの地平においては正義の問いが歪むということ。(2)トラシュマコスとの対話においては、それら3種の語りが一つ一つ吟味され、破綻していく様が描かれていること。以上のことを明らかにできた。2「正義の技術」という考え方、および「正義の技術」が導入される際に本来疑似技術である筈の「料理術」が技術知として提示されているという謎を分析、検討した。その結果、「術の類比」がたんに技術知の領域のみでなく、さまざまなレベルで使用されていることを確認した。これは、第3の考察課題である「報酬獲得術」という特異な術の位置づけの問題、第4の考察課題であるトラシュマコスによる「公的領域における支配者と被支配者」という構図の分析とも連動し、本研究の最終目的である「『国家』篇第一巻における「術の類比」の歪みとその射程」を明らかにすることになるであろう。以上、今年度得られた知見は、近く「正義の技術」(仮題)として静岡大学人文学部紀要に発表する予定である。なお、本研究の最終年度である平成10年度においては、これらの研究の補助的な考察として、初期対話篇群の最後に位置する(すなわち『国家』篇のほぼ直前に位置すると考えられている)『メノン』篇の分析を行い、「術の類比」と語りとの関係について、比較対照を行う予定である。
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