能の基盤となった宗教芸能の性格と、そこから出発して世阿弥が夢幻能の様式を確立する過程についての見通しを取りまとめ、「夢幻能の成立-鬼から二曲三体へ-」として発表した。その上で、それを踏まえて、世阿弥の夢幻能を中心に、個々の能作品において、亡霊の妄執が鎮められるプロセスについて検討した。その際、世阿弥以前の宗教芸能の段階では仏教の宗教的権威(たとえば経典や真言の力)によって説明されていた鎮魂が、世阿弥の夢幻能の中でどのように昇華されているかに留意した。その内、討死した武将の霊を主人公とするいわゆる修羅能(世阿弥自身の分類では軍体の能)についての研究成果を、国際シンポジウム「世界の中の世阿弥と能劇」(於、ニューヨーク市立大学)において、「能における夢の機能」と題して口頭発表した(英文原稿、ならびにそれを補綴した和文の論文を次年度に発表する予定)。これについては、いわゆる鬘物(世阿弥自身の分類では女体の能)の検討を含め、次年度も引き続き研究をおこなう。 それと並行して、能作品の死生観の現在日本への寄与を考えるため、昨今の日本における妖怪やもののけなどへの関心についても検討をおこなった(次年度に継続)。 また、日本では宗教芸能の主な担い手であった修験道が明治維新の際の神仏分離によって壊滅的な打撃をうけ、宗教芸能についての資料がとぼしいため、日本と同じ大乗仏教の流れに属し、神仏分離のような変質を被っていないチベット仏教の芸能性をあわせもつ宗教儀礼について、日本に残存する宗教芸能との比較を念頭におきつつ検討し、世阿弥の夢幻能の基盤となった宗教芸能を解明する補助線とすることを試みた(次年度に継続)。
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