研究概要 |
平成9年度の目的は,局在・散在する視覚情報が一つの視対象に属するものとして統合される時にはたらく脳内機構,特に大域的輪郭と面の補完(filling-in)機構の特性を精神物理学的実験を通して明らかにすることであった.そこで,二種類の視覚現象に着目し実験による検討を行った.一つは散在する輝度図形刺激の間に補完されて知覚される輪郭と面の現象(カニッツァ型主観的図形)である.この現象における補完輪郭と面の形成過程の時空間特性をプローブ刺激の検出閾測定によって計測する実験を行った.プローブ刺激には輝度コントラスト変調のガボアパッチを用い,両刺激の相対的位置関係と提示時間タイミングの両方を実験変数として組織的に操作した.結果,カニッツァ図形提示直後に主観的輪郭上での方位選択的な感度上昇が生じ,その後この感度促進量は図形消失まで漸次的に減少していくこと,オフ反応は促進をトリガーしないことなどが明らかとなり,また,閾上特性に関する先行研究で報告されている面領域内での促進は検出閾実験ではごく微量にしか観察されず,画補完過程に関与する側方信号伝播は加減算的なものではなく乗除算的な相互作用であることが示唆された.これらは,1次・2次視覚野レベルでの皮質活動を記述するための基礎資料となる.二つめの視覚現象としては,未知の部分が多い両眼視差処理における局所情報統合過程を明らかにするため,ランダムドットステレオグラムにおける画補完知覚を扱った.両眼視差のみからなる平面または波状の奥行き変化をもつ面の奥行き方向での大域的な傾き知覚量を刺激面積や波状変化の周囲を操作して計測する実験から,粗い空間スケールを有する機構が大域的面の奥行き傾き量を算出するが細かい空間スケールをもつ機構により抑制を受けること,面補完のための局所的視差差分値の空間的統合は異方性を有することなどが明らかとなった.
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