従来の作動記憶モデルにおいては、その下位システムに運動制御システムが想定されていないが、随意運動を自発的にコントロールするためには作動記憶における処理が必要であり、その遂行は音韻ループや視空間記名メモにおける処理に干渉をもたらすことが予想される。そこで本研究では、視覚的に提示される刺激の記憶保持課題に手指の運動課題を付加する二重課題法の実験を行うことにより、作動記憶における運動制御システムから音韻ループヘの影響が検討された。 被験者は、ディスプレイ上に継時的に提示されるアルファベット7文字を提示順に記憶保持し、提示直後に再生する課題が与えられた。またこれと並行し、左右いずれかの手指を中指・人差し指・薬指・小指の順でタップする系列的クッピング課題もしくは机上の指定された位置を人差し指で順次タップする空間的タッピングを遂行するように求められた。二重課題条件における正再生率を記憶課題のみの条件における正再生率と比較したところ、系列的タッピングおよび空間的タッピングのいずれの課題によっても、また左右いずれの手指のタッピングによっても有意な正再生率の低下は認められなかった。本研究の実験結果から、運動制御システムから音韻ループへの干渉は、課題遂行に影響を及ぼすほど大きなものでないことが示唆されるが、この干渉効果は課題の難度や運動の自動化等の要因によって増減しうるものであると考えられるので、こうした要因を変数に加え、今後さらに研究を進めていく必要があるものと考える。
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