先行研究(山中ら、1996)に引き続き、痴呆高齢者の社会的出来事の想起の年代的特徴を明らかにするために、健常高齢者(60、70、80歳代、各30名の計90名)とDAT患者(病期:FAST=4、5、6群、各24名の計72名)の過去50年間(1945〜1994年)で代表的な社会的出来事の年代の特定について検討した。事件の項目(山中ら、1996)は、昭和20年代、30年代、40年代、50年代、60年以降各5問ずつの計30問から構成された。その結果、健常群では、個人的出来事の想起に似たU字型のパターンがみられたのに対し、DAT患者群では逆向健忘様のパターンがみられ、重症度があがるに連れ、新しい時代からより古い時代に向かって回答の困難さが増していった。健常高齢者の場合、基本的には個人史に結びつけ、年代を特定しているために個人的出来事の想起傾向と類似パターンがみられると考えられるが、DAT患者では、これらの方略を使用することができないために逆向健忘の進行の影響がそのまま結果に反映したと考えられた。 さらに、DAT患者の現実認識自体が、病期の進行にともない、過去に遡っていくのかどうかを調べるために、60歳から89歳の軽度、中度、重度のDAT患者それぞれ25名、60歳代、70歳代、80歳代の健常高齢者それぞれ25名に対して身近な物の現在の値段(現実認識の一部と考えられる)を尋ねた。その結果、病期が進むにつれ、回答された値段の年代が遡っていく傾向が顕著にみられた。そのため、DAT患者の現実認識も逆向健忘の進行と関連し、病期の進行にともない、過去に遡っていくものと考えられた。
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