研究概要 |
近年の認知心理学的および神経心理学的研究から,(1)音韻的作動記憶の活動には,発話運動プランニングが関与していること,(2)音韻的作動記憶で扱われている音韻的情報は,聴覚情報から容易に活性化する「抽象的な音韻表象」であること,(3)発話運動プランニングとは,そのような音韻表象の操作であるということ,が示されてきた.ここから,「人間の発話行為は聴覚情報から大きく干渉を受け,ある場合には,“スピーチ・エラー"が現れるだろう」という仮説が成り立つ.本研究では,(a)聴覚的な干渉によって,スピーチ・エラーを実験的に作りだすこと,(b)実験的スピーチ・エラーの生起に関る諸要因を検討すること,(c)スピーチ・エラーと作動記憶の関連を探ることを目的としており,実施1年目の平成9年度には,(a),(b)を目的とした. まず「実験的スピーチ・エラー」パラダイムを考案した.これは,(1)あらかじめ示したターゲット語を,合図語が呈示(聴覚呈示)される度に答える,という単純な課題である.例えば,ターゲット語が,「しずおか」である時,どのような合図語が呈示されても,“しずおか"と答えることが求められる.(2)「合図語→ターゲット語」のやり取りを数回繰り返す.(3)合図語の中に,スピーチ・エラーを誘発するような干渉語(例えば,“しおづけ")を潜ませておく.ここでスピーチ・エラー(“しおずか")が生起することが期待される.80人の被験者を対象にこの実験を実施し,この様にターゲットと音韻的に類似した干渉語を提示した場合,約30%の確率でエラーが生起するということが確認された.これに対して,音韻的に類似していない干渉語(“いたまえ")はほとんどエラーを引き起こさなかった.この音韻的な類似性の効果とは別に,ターゲットの長さもスピーチ・エラーの生起率に影響を与えた.本年度は,さらに,この実験手法のエッセンスを取り出すために,コンピュータ画面上に提示される視覚的な合図に合わせてターゲット語を発話し,その500ミリ秒前に干渉語を聴覚提示するという実験方法も開発した.そして,69人の被験者を集めた実験の結果,この方法によっても,先の実験と同程度(約30%)のエラー率が得られた.
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