近現代の日本社会における金銭観の変容を明らかにするための第一の課題として、平成9年度の研究では、蓄財と散財の模範として社会内部で注目度の高い経済的上層階級の明治期における生成に関する研究を進めた。明治維新以降の近代日本社会において、イスタブリッシュメントと呼びうる経済的上層階級は、いかなる過程で階層としての形態をとるに至ったのか。この問いに答えるべく、次の文献資料の収集と解読・分析を進めた。 1、霞会館発行の華族制度関係諸文献。2、明治期企業家の伝記・自叙伝、及び日記。3、明治期華族の日記。4、明治期華族の婚姻関係諸資料。 まず、資料4の分析より明確になったことは、以下の点である。 (1)明治期の代表的企業家・三井家と岩崎家の場合、華族との婚姻関係の締結の後、叙爵があるというパターンが顕著に見られる。 (2)維新以降の財閥創始者世代の場合、長子の華族との婚儀の後、叙爵があるというパターンが一般的である。 (3)財閥幹部経営者の場合、(2)と全く同じパターンが見られる。 以上から、明治期企業家の華族社会への接近が明らかとなった。次に資料2、3の分析からは、企業家たちには、正統的上流文化を確保し、社会的威信を獲得しようとする戦略性が顕著である点が明らかとなった。明治12年前後から、彼ら企業家は茶事・能楽といった伝統芸能への接近を見せ始める点が、こうした資料から判明した。以上の社会的威信をめぐる明治期上層階級の戦略性については、「名古屋工業大学紀要」第49号に、「近代日本の経済エリートにみる文化戦略」と題して発表した。
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