本研究の目的は、「観光化」という要因によって、現代日本の華僑社会における中国伝統文化および中国人アイデンティティーがどのように変容し再構成されていくのかを、華僑社会特有の伝統的な年中行事に焦点を当てながら明らかにすることにある。具体的な調査地としては、わが国最大規模の中華街を形成し、もっとも早い時期から積極的に観光活動に力を入れてきた、横浜の華僑社会を取り上げた。 平成9・10年度にわたり、横浜華僑社会に関する基本的な文献資料、および文化の変容・再構成に関する理論的アプローチを扱った研究文献を収集・精読するとともに、横浜華僑社会における現地調査を行なった。 横浜華僑社会では、特に「春節祭」(旧正月)の際に関帝廟を中心として行われる諸祭儀、民俗芸能(獅子舞、龍舞など)を核として、中国伝統文化の意識的な継承(あるいは創造)・表出がなされている。これら中国文化の多くは、古くから内部=横浜華僑社会に伝承されてきたものではなく、近年、外部=日本人社会との関係の中で新たに創出された伝統としての性格を持っている。そこでは「見せるための文化」=中国イメージを喚起させる諸文化要素が意図的に、いわばパッチワーク的に再構成されている。このような動きは、1980年代以降の横浜中華街の観光化の流れの中で顕在化したものである。これらの文化が、保存会組織ではなく、主に中華学校の生徒たち、すなわち日本で生まれ育ち「同化(日本化)」の進んだ、二世以降の華僑の若者たちによって担われているということは重要である。たとえそれが「創られた伝統」であっても、「中国的なもの」を「春節祭」という他者=日本人の目に触れる機会に演じることによって、結果として、彼らの中国人アイデンティティが意識的に構築、持続するという効果をもたらしているのである。
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