平成9年度の研究によって、日本各地の民俗芸能においては、その実践における伝統的上演形態の継承と現代的変容のそれぞれの部分の現れ方に、極めて多様な相違が存在している状況を認識することができた。それに加えて、その現れ方にはいくつかの類型が存在し、それは、それぞれの民俗芸能が現在おかれている、地理的・社会的環境の相違に対応していると予想されたが、それらは、大都市圏からの遠隔地や山間部、島嶼部において伝統的な要素が顕著に見出され、大都市圏や観光行事として著名な芸能においては、現代的変容が顕著に認められるといった、従来の民俗学の知見に基づき当初予測していたような、単純な在り方をしていないという実態を、各地の事例を通して把握することができた。 例えば、東北地方や九州、沖縄などにおいては、伝統的な形態を遵守して行われている場合がある一方で、外部からの文化財保護行政の関与や研究者の視線などから免れている分、テレビなどのメディアによって伝えられる時代の流行の取り入れや、人口減少や老齢化、労働形態の変化といった地域社会の状況への対応が、かえって自由に行われ、その結果、上演形態に顕著な変容が生じているという場合もあった。また、大都市圏であっても、あまり著名ではなく外部からの観客もほとんどない民俗芸能では、伝統的要素のみからなる簡素で固定化した構成が毎年繰り返され、変容がほとんど生じなくなっていた場合もあったし、観光行事として行われている民俗芸能でも、観光客が大勢集まり、それに呼応して観光化というかたちの変容が著しく進行している場合もあれば、思惑通りに観光客が集まらず、現代的変容が進行しないで相変わらず従来の形態で行われている場合もあった。 こうした複雑で錯綜した現況を理解するのためには、各地の民俗芸能への現地調査の継続によって一層の資料の蓄積を図り、新たな視角や準拠枠を獲得すべき必要性を痛感した。
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