研究実施計画にもとづき調査をすすめ、史料をフィルムに撮り、焼き付け(A5・CH版)を行い、整理・解読・検討を遂行した。最大の成果は、幕末期洋学の軍事科学化を飛躍的にすすめた存在として不可欠である長崎海軍伝習所について、その教育の具体的内容を明らかにできたことである。同所におけるオランダ人教師による実地教育については、主に、勝安房『海軍歴史』巻之三・四・五(海軍伝習之上・中・下)、カッテンディーケ『長崎海軍伝習所の日々』、赤松範一『赤松則良半生談』、秀島成忠編『佐賀藩海軍史』、島津家編纂所編『薩藩海軍史』上巻、藤井哲博『長崎海軍伝習所』などに収められた資史料に依拠して、教師及び直伝習生の氏名・構成、伝習期間・方法、教授科目・時間割・規則・心得などを明らにすることができよう。しかし、教育実態の究明には、根本的に史料上の制約が大きく、研究の遅滞が生じていたというのが現状である。 こうしたなかで、調査実施の一環として、佐賀県立博物館において、同所での軍艦運用術の伝習内容と思われる史料「操練所伝習」を発見し収集できたは意義は大きい。本史料は、保存状態は良好で、「ブラムステング之揚方」「パルヅーン之成立」「ワント之成立」「ブレガット之ワント掛様ノ図」「セール之区別」「帆木綿之用法」などについて、それぞれ図入りの詳細な説明がみられ、軍艦運用術の直伝習の模様をつぶさに知ることができる貴重なものである。これまで、同所に関する新史料の出現は皆無に近かっただけに、幕末期洋学の軍事科学的展開を究明する上で、その基盤拡大に大きく資することができるものと考えられる。技術的な内容が高度に専門化しているため、現在、科学史家と連携した研究体制を継続中であるが、近く成果を打ち出す予定である。
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