鎌倉時代法談聞書類の新資料の発掘を継続しつつ、特に注目される東大寺図書館蔵五教章類集記、高山寺蔵蓮實鈔の二資料について電子化テキストを作成し、用例データベースの構築を行った。 東大寺図書館蔵五教章類集記は、明恵上人の弟子である義林房喜海が講義を打ったところを複数の弟子が聞書を作成し、それを順高が編纂した聞書類の一種である。この資料の特徴は、成立背景の異なる二種の本文が伝存している点であって、一つは、素材となった「聞書」の状態を比較的よく残したまま編集されている原態本、もう一つは原態本に手を加えた改編本との二種である。特に改編本は、後人が「聞書」本文にどの程度手を加えるものであるかという問題を確認し得る唯一の資料である。用例データベース作成に基づいて原態本と改編本との比較作業を行い、原態本の非書記言語的な要素を、むしろ改編本では当時一般の書記言語に回帰させている点の多いことを確認し、論文「鎌倉時代聞書類における本文の受容と改修の問題」に纏め、「実践国文学」第52号に発表した。 又、高山寺蔵蓮實鈔は、仁和寺の学僧・實叡が、師である長遍僧正の説を纏めた伝受集の一種であって、内部は、口決折紙類、伝授の際の師説、他典籍の引用文などの、成立背景の異なる種々の要素が混在し、極めて複雑な様相を呈している。そこで、成立背景を史実により確認した上で、用例データベースの構築に基づき、内部構造を網羅的に整理して、加点状況、文体等との関係を一覧表に整理し、論文「高山寺蔵「蓮實鈔」について -成立背景と内部構造を中心に-」に纏め、「実践国文学」第53号に発表した。 又、用例データベースに整理した鎌倉時代聞書類の声点付き和語における各資料の状況を検討して、和語に付された声点の機能について考察し、「鎌倉時代法談聞書類の産声和語について」なる論題で第77回訓点語学会研究発表会(於山形大学)において口頭発表を行った。
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