本研究は、近代合理主義が確立されるフランス17世紀に頻繁に論じられた情念について、1)理性とは対立概念である情念を近代理性確立期において再考することにより、近代理性そのものを再検討する、2)当時の情念考察の射程を実証的に推し量り、その問題系の大きさと所在を明確にすることにより、情念を基軸に当時の思想状況を再検討する、3)フランスでの近年の研究を踏まえ、近代理性の祖デカルトにおける情念考察を存在論的な視点から捉え直す、を目的とする。今年度は、A]1)と2)に関する文献資料検索および収集、B]3)の研究の完了、を目標とした。A]については、文部省フランス語教員夏期フランス派遣研修により渡仏した際にその終了後、フランス国立図書館にて関連文献を閲覧し、約20点のマイクロフィルム・フィッシュを収集した。帰国後、文献の分析、網羅的な参考文献表作成に取り掛かり、目下進行中である。B]については、まず、デカルト形而上学に於ける情念の位置づけを確認するため、『省察』に見られる情念あるいは心身合一関連事項を研究し、その研究過程で整理した関連資料をまとめた。その成果が「デカルト『省察』資料一覧表(下)」(『カルテシア-ナ』、第14号、1997、pp.1-11)である。ついで、デカルト『情念論』の研究を進めた。この書では一見情念がもっぱら脳内生理学上の現象から説明されているのであるが、この書の細部を詳細に分析するとき、情念は、その発生時に、単にそのような脳内生理学上の自動的反応ではなく、魂による知的な判断が介入する余地をもつことが窺える。その余地を、デカルトに於ける6つの原初(基本)情念のうち第一のものとされる「驚き」の情念について検討し、その余地を明確にすることにより、情念における知的な(魂的なあるいは精神的な)領域とその有り様を確定した。しかし、残念ながら、これらB]の成果を博士論文として提出するまでに至らなかった。
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