研究概要 |
本年度の研究実績の概要としては、ケベック文学の最新の潮流に照らし読み直しを行なってきたフランス系カナダを代表する作家の一人であるガブリエル・ロワについて、ロワが育った背景にある多文化主義的および多言語主義的状況が、作家とその作品にどのような影響を及ぼしたかを、主に支配者層に属するイギリス系カナダ人の描かれ方に注目し詳細に分析を行なった。その結果、ロワにおいては、多文化主義的、多言語主義的状況は文化相対主義的な感性を育み、さらにその作品においては、言語的、政治的な差異を超えた普遍的な結びつきを志向する傾向が見られた。この研究成果の一部は、1998年6月フランスのアヴィニョンで開催された国際学会-カナダの二言語政策の総決算と展望-において発表した。なお、ロワの代表作の一つであり、多様な移民の子供たちとの共生を描いた小説『わが心の子らよ』(1977)を「カナダの文学」シリーズの一巻として訳出し彩流社より刊行した.(1998年12月)一方、ロワ研究と平行し、最新のケベック文学の動向において重要な位置を占める移民作家に注目し,特に、トリニダート出身でカナダ政府の多文化主義を批判しトロント(英語圏)からモントリオール(仏語圏)に移住したN.ビースンダットについて、その著書『幻影の市場』(1993)における多文化主義批判を追いながら、カナダの多文化主義が孕む矛盾と限界、およびカナダ政府とは異なった形での多民族の共存を模索するケベック社会の可能性と問題点について、詳細な検討を行なった。この研究成果の一部は、まず1998年4月に立命館大学で行なわれた比較文化研究会において発表し、さらにそれを発展させたものを『立命館言語文化研究』10巻5・6合併号(立命館大学言語文化研究所、1999年3月)に論文「カナダの多文化主義を超えて一N.ビースンダットの多文化主義批判とケベックにおける多文化共同体の模索-」として発表した。
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