今年度は、インド西北部ヒマ-チャル・プラデシュ州のキナウル地区においてキナウル語の調査、記述を行った。 キナウル語はチベット・ビルマ系の言語であり、チベット・キナウル諸語に分類される。すでに20世紀初頭、数編の論文が発表されたが、その後の研究は多くなく、1980年代にいたって、ようやく文法書が著された。しかし、この文法書は信頼性が低く、十分な研究とは言えない。そこで、本研究において、まずキナウル語の現地調査が行われた。 今回の調査において、主として基礎語彙の収集にあたった。その結果、アジア・アフリカ言語文化研究所の『アジア・アフリカ言語調査票』に基づく500語の単語と、数十語の生活語彙が収集された。これらの語彙の分析の結果、母音体系については、6個の短母音とそれに対応する長母音が認められた。また、いくつかの鼻母音が存在する。二重母音はこれまでのところ認められないが、今後の研究が必要である。(なお、母音体系については日本言語学会第115回大会において口頭発表を行った。) 超分節的要素であるストレスアクセント、ピッチアクセント、声調などは体系的には認められない。しかし、数語ではあるが、声調の対立を持つものがあり、また、固定的なアクセントがある。これは必ずしも予測可能ではなく、今後音韻的な超分節的要素に発展する可能性を残している。 子音の分析はまだ十分ではない。 なお、本研究の目的としてチベット語西部方言の記述を行う予定であったが、今年度においては、すでに公刊されている資料の収集を進めるのみで、現地調査を行うことはできなかった。
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