本年度は、研究計画の一部である、アメリカ建国期に広く使用された法学教科書の記述の精査、並びに当時のロ-・スクールにおいて法学がいかに学ばれたかについての状況調査に努めた。特にタッカによる『アメリカ版ブラックストン』が果たした意義は重要であり、その中でも、「聖職者の特権」に関する記述に注目した。これは、中世以来のコモン・ロ-の残滓を含みながら、刑事法を近代化するために編み出されたイングランド法特有の産物であるが、これがヴァジニアにおいても機能していたと、さらにはアメリカ独立後である当時においてすら「奴隷」に対しては未だに機能しているとタッカは言うのである。この点の真偽及び意義を検討することは、刑事司法の問題として「陪審制」にも深く係わることになる。 検討の成果を中間報告として後期論文の形にまとめ、発表することにしたが、その要旨は以下の通りである。独立前ヴァジニアにおいて、「聖職者の特権」は確かに重要な機能を果たしていた。ヴァジニアはこの制度を、形式的にはかなり忠実かつ厳格にイングランド法から「継受」した形を取り、他方その制度の運用については、「応用」というには大きすぎるほどの自由裁量を行使していた。それにより、形式的にはイギリスの権威に拠りながら、奴隷の存在というヴァジニア独特の社会状況に弾力的に適合しうるような刑事司法体制を構築していたのである。その一方で、少なくともこの時期は、未だ陪審は相対的に大きな役割を果たしていないように思われる。「聖職者の特権」は現在では無論廃止されている。しかしかかる廃れた法制度を通して、当時のイングランド法とアメリカ法との関係、並びに当時の刑事司法の実態及び陪審制の(小さな)機能など、法制史学の手法を用いて需要な視覚を開くことができたように思う。
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