研究概要 |
加盟国のEC法違反に起因する私人の損害につき,当該加盟国が賠償責任を負う旨判示したEC裁判所のFrancovich判決(1991年)は,「立法者」の過失責任,更に立法の「不作為」による賠償責任をも国内法が認めることを要求するものであった点で,従来の国内法の枠組みにおいては解決が著しく困難な問題を国内裁判所に提起するものであった.のみならず,具体的な責任成立要件に関するFrancovich判例の射程が必ずしも明らかでなかったため,国内裁判所からEC裁判所への移送事件が相次いだ. これら移送事件中で最も注目されたのが,1996年春のBrasserie du Pecheur-Factortame III判決であった.同判決は,Francovich判例の射程を可能な限り限定しようとした一部加盟国の主張を斥け,加盟国のEC法違反に基づく国家賠償責任法理の一般性を強調し,EC法違反の帰責主体が立法者であっても加盟国が免責されないことを再確認した. その結果,国内法において立法責任法理が存在しないことを理由として,国内裁判所が私人の国家賠償請求を否定することは最早認められないことが,誰の目にも明らかとなった.しかし,大多数のEC加盟国においては,伝統的に立法者の作為,況や不作為については一切の国家賠償請求が否定されてきており,国内裁判所は,立法者主権に基づく伝統的国家賠償法理とEC法の優越との二律背反の解決を迫られている. かくして,EC法に直接依拠する私人の国家賠償請求権が,原理的に確立したことは最早疑いなく,Francovich判決とBrasserie du Pecheur判決とにおいて示された国家賠償成立要件相互の関係の整理,EC判例が抽象的に提示した実体的責任成立要件の判断基準の明確化が次の問題となっている.
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