1. 本研究においては、OECD他の国際機関や米国が策定している各種の租税条約モデルのうち所得課税に関する租税条約モデルの理論的変遷を、主にOECDモデル租税条約と米国モデル租税条約の対比を通じて検討した。そこで明らかとなり、今後さらに検討を加える必要があると思われる論点は次のようなものである。 2. 租税条約の適用対象者について、多くの租税条約は「居住者(resident)」の概念を用いている。また、その定義は実際の租税条約締約国の国内法上の定義をそのまま認めている例が多い。しかし、租税条約の濫用(いわゆる、trealy shopping)との関係から、OECDはこの居住者の概念から修正しつつある。一方、米国のモデル条約では、居住者概念を従来からのものとしつつも、条約上の軽減税率等の条約便益の享受主体を、居住者概念とは異なる概念で限定し、条約適用上複雑なスクリーンを設けることで条約濫用を防止しようとしている。欧州や我が国の租税条約においても米国のような特別な規定を設ける条約と、居住者概念を見直し、条約適用対象者の絞り込みを行おうとする条約に大別される傾向となっている。各国で進む規制緩和の流れの中で企業形態が従来以上に多様になればなるほど、今後、企業形態の多様性と租税条約適格の関係が検討される必要があると思われる。 3. これと密接に関連するのが租税条約上の無差別条項(相互主義)である。従来無差別条項は相手国居住者の内国民待遇を保障するものとして理解されてきたが、上述のような居住者概念の見直しが進めば、無差別条項の適用範囲もまた見直す必要が生じよう。 4. さらに、利子、配当や使用料のような受動的な経済活動から生じる所得についての課税権配分ルールがここ10年余りの間に大きく変化してきている点も重要である。利子、配当に対する源泉地国課税を認めるOECD租税条約は相手国居住者に対して支払われるのではなく相手国にそれら所得の受益的所有者が存する場合に条約上の軽減税率の適用を認める。OECDの旧モデル条約ではそのような受益的所有者という概念は用いられていなかったが、現行モデルがそのように文言を改訂したのは米国モデル条約の影響と思われ、上述の居住者概念の脈絡から、この点についてのさらなる分析が必要であろう。 5. なお、これらの分析を行うために、我が国の締結する租税条約を電算データ・ベース化する試みを行っている。
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