本年度の研究の中心は刑事訴訟における事実観・真実観を考察することであった。この作業を行った理由は、刑事訴訟における事実・真実とは何かという根本問題の考察を、事実認定の問題にアプローチする上での基礎作業と位置付けたことによる。尤も、かかる事実観・真実観を純理的なそれとして考察するのではなく、刑事訴訟における事実・真実が問題であるが故に、規範的脈理と歴史的且つ実践的(社会的)脈理という複眼的視角を設定し、かかる視角から、刑事訴訟においては自覚的且つ規範的な事実観・真実観が要請されるというテーゼを論証するよう努めた。我が国においては、誤判(事実問題)を争う弁護活動及びそれを支持する国民的運動、即ち当事者主義的・民主主義的実践がこの事実観・真実観を体現していることが明らかになった。 また、所謂当事者主義をとると云われるイギリスにおける、刑事司法をめぐって対抗する思考方法、即ち規範的・実務批判的アプローチと記述的・実務追認的アプローチそれぞれの理論構成を考察することによって、それぞれのアプローチが選択する事実観・真実観を抽出する作業を行ったが、規範的・実務批判的アプローチの事実観・真実観は、刑事訴訟における自覚的且つ規範的な事実観・真実観にーつの示唆を与えるものであった。 本研究の課題名は「刑事訴訟構造分析に基づく事実認定の比較法的研究」であったが、研究を進める中で、先に訴訟構造があって、これが事実観・真実観や事実認定のあり方を規定するのではなく、規範的脈理と歴史的且つ実践的(社会的)脈理を反映した事実観・真実観が、訴訟構造や事実認定、ひいては方法論のあり方を導くのではないかと考えるに至った。
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