平成10年度は、研究2年度として、まず生産性上昇率格差と賃金格差の平等度が実質為替レート増価の要因であることを明らかにし、「バラッサ=サムエルソン仮説」がとくに先進国と途上国の間では統計的に支持されることを示した。そのうえで、初年度の理論的研究を以下のように前進させた。金本位制のもとではすべての財が現実的・潜在的に貿易財と捉えられるのにたいして、金本位制崩壊後にカッセルが提唱した購買力平価説は、そもそも貿易財と非貿易財の区分を前提としたものであり、貿易財取引に用いられる国際通貨と非貿易財取引に用いられる国内通貨の分裂を想定していた。これを現在の状況に適用するならば、先進国の貿易財・非貿易財取引に用いられるのがともに先進国通貨(ハード・カレンシー)であるのにたいし、途上国においては、貿易財取引に用いられるハード・カレンシーと非貿易財取引に用いられる国内通貨(ソフト・カレンシー)が並存し、一種のバイメタリズムの状況にあると考えられる。前年度に明らかにした「不平等交易論」との関連で言えば、対外的な交易条件の決定要因が貿易財購買力平価であるのに対し、途上国内の貿易財にたいする非貿易財の交易条件を決定する要因は名目為替レートと実質為替レートの乖離指数である。先進国通貨の実質為替レート増価は、途上国にとってこの2つの交易条件がともに悪化することを意味する。この仮説の定式化および統計的検証は、その成果の一部を論文として発表したほか、続編を準備中である。また東アジア諸国に適用した実証研究も発表予定である。
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