当初の研究課題にそくして、平成9年度はつぎのような研究をおこなった。ひとつは、産業革命期における農村社会の社会変動の実態を解明する基礎作業としてすすめていた議会エンクロージャー研究を、学位請求論文としてまとめたことである。この論文では、前半部で従来の議会エンクロージャー研究の内外の展開を、農業革命や産業革命を軸とするこの時期の経済変動にかかわらせて、多面的・総合的に展望した。また、後半部ではバッキンガムシャーのWeston Turville教区のエンクロージャーの実態を、さまざまな側面から史料にもとづいて細部まで明らかにした。その結果、エンクロージャー前後の土地所有状況の変動とそれによる地域住民への経済的諸影響を中心に、地域的社会変動の一端が明らかになった。なお、本論文は平成10年度に刊行される予定である。 この作業とならんで、同じ州内の別の教区に生まれてそこで生涯の大部分をすごしたある農業労働者について、州の史料協会より翻刻された自伝をもとに、その生涯と労働生活を追った論文を発表した。この教区ではエンクロージャー自体はWT教区よりはるかに遅れたが、彼の自伝は就労状況、賃金水準、救貧手当支給のありさま、食住経費の高騰など、ナポレオン戦争終了後15年ほどの間の地域社会の労働世界について、生き生きした実態を明らかにしている。平成10年度は、上記論文の出版作業のほか、当初の「研究計画・方法」にそって、このような地域社会の変動を、さらに地理的にも視野を広げて追求すると同時に、産業革命期の「変化」と「底流」について、政治や体制の問題も含めて、総合的に観察する作業をすすめていく予定である。
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