本年度は、(1)新製品開発活動において伝承の対象となる知識の分類、(2)知識伝承の問題が従来の新製品開発論の中でいかに位置づけられるのかという概念整理を行うとともに、(3)知識の蓄積・伝承に関わる新たな実証研究をスタートさせた。(1)に関しては、新製品・新技術開発において「システム知識」と「プロセス知識」という2つの知識が重要であることがを明らかにした。システム知識とは個別の技術的知識を製品システム全体の中で位置づける知識であり、プロセス知識は特定の技術がいかに生み出されてきたのかという「経緯」に関する知識である。前者は空間に関わり後者はは時間に関わる状況依存的な知識である。これら2つのタイプの知識はその性質上明示化することが難しい。したがって、その移転もしくは伝承には人間的なメカニズムが必要となる。我々の実証研究は製品開発プロジェクトをオーバーラップさせる「オーバーラップ型」とプロジェクトのキーメンバーを継続させる「人的移転型」の2つの方法の有効性を示していた。(2)に関しては、既存文献を調査し、従来の新製品開発研究が知識の伝承の問題を軽視してきた背景には、個別技術のある特定時点で統合する独立した自己充足的活動として新製品開発をとらえる支配的な見方があることを明らかにした。それに対して、知識伝承・移転を扱う研究の背後には、新製品開発を専門横断的な知識の継続的な学習活動ととらえる見方があることを明らかにした。またそうした見方は、製品システムを多数のシステム観が共存する多重システムととらえる考え方と一貫していることを指摘した。(3)については、新たに固体撮像素子と電子スチルカメラの歴史的開発過程の調査を始めた。固体撮像素子、特にCCDは現在日本企業がほぼ独占しているデバイスであり、その開発は1970年代前半か行われてきた。今のところ、撮像管から固体撮像素子への転換は、撮像管のエンジニアが自ら行ってきたという興味深い事実が明らかになっている。そこでいかなる知識が継承されていたのか、なにが棄却されたのかをさらに深く検討する予定である。
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