本研究を通じて明らかとなったことは、第1に内部者取引規制の導入以降、それ以前と比べて予想利益の正確性が著しいというわけではないが、相当程度向上しているということである。この相当程度の向上の要因としてどのようなことが考えられるのだろうか。1つは、予想利益情報の重要性の増大に伴って企業の予想情報に対するセンシティビティか高まってきているということである。この点は、企業や証券関係者からの聞き取り調査によっても裏付けられた。いま1つの要因は、新制度の導入を意識し、重要事実に該当することを避けようという意思が働いたというものである。重要事実に該当することを回避するための手段の1つとして、会計政策を通じた会計数値のコントロールが考えられる。内部者取引規制の導入前後で会計政策により重要事実に抵触することを回避した企業数を比べてみると、ほぼ半減している。このことから、内部者取引規制の導入は、企業の会計政策に対しても大きな影響を及ぼしたと考えることができる。ただし、当該規制導入から約10年間が経過したが、その傾向に目を向けると、決算短信や中間決算短信で公表される予想利益自体の正確性は目立って向上しているわけではない。その要因としで考えられるのが、ファイリング制度である。ファイリング制度が定着するにつれ、業績修正の届出も増加する傾向を見せている。実際、業績修正はファイリング制度を通じて届出られた事件の常に上位に位置している。このため、以前ほど決算短信の予想利益の精度を高めることの必要性が低下してきているようで、修正の余地が生じた場合には適宜修正の届けが行われているようである。このような実務の動向を勘案すると、わが国においてもタイムリー・ディスクロージャーの思想が浸透してきていると考えられる。そして、そこには内部葉取引規制の導入と関連制度の整備が大きな役割を果たしていると考えられるのである。
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