古典・量子統計モデルにおいて、平衡状態への収束の様子、および独立性や従属性の漸近的な性質を研究するのが、本研究の目的であった。グラフ上のランダムウォークを中心的なモデルとし、グラフの有する広い意味の対称性に注目して、調和解析の方法によるアプローチを行った。本年度の研究実績の内容は、次の2つの事項に大別できる。 (1)平衡状態への収束の過程で観測されるカットオフ現象に関すること。 (2)グラフの隣接作用素に対する非可換中心極限定理とスペクトル解析に関すること。 (1)について。ランダムウォークの分布と平衡状態との距離が、巨視的に見れば、臨界時刻の時点で突然1から0に落ちるというのが、カットオフ現象である。私は、注目する時間の尺度に応じてカットオフ現象を2つのレベルに分けて考えるのが適当だと考え、それぞれの定式化を提示した。レベル2のカットオフ現象が観測されるモデルの具体例は、現在までのところあまり多くない。そこで、エーレンフェストのモデルを含む形で、距離正則グラフの重要な例であるハミンググラフ上のランダムウォークについて、カットオフ現象の検証を行った。無限体積極限の取り方によって、平衡状態からのずれを度合いを表す関数の形が全く異なるものになることが、注目に値する。 (2)について。量子力学におけるオブザ-バブルの確率解釈を通して、グラフの隣接作用素に対する非可換中心極限定理を考察した。グラフの位相的構造がスペクトルの極限分布に密接に関するが、その相互関係を定量的に捉えることにある程度成功した。具体的な群のケーリ-グラフや距離正則グラフにおいて、極限分布の形を決定した。また、無限対称群上の隣接作用素の族に対しては、中心極限定理における代数的な方法を用いてより一般的な相関関数の計算を行い、漸近的な独立性や従属性をヤング図形の言葉で特徴づけた。
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