本年度は主に多次元の区分拡大的写像のエルゴード理論的性質について研究を行った。ユークリッド空間の区分的に滑らかな境界を持つ領域からそれ自身への写像を考え、写像は定義域を有限個の区分的に滑らかな境界を持つ部分領域に分割し、それぞれの上では滑らかで拡大的であるとする。このような写像は区分拡大的写像と呼ばれる。このとき写像の微分可能性は写像の連続部分における滑らかさと境界の滑らかさの小さい方を示すとする。主な研究成果は次の3点である。(1)2次元平面上の実解析的区分拡大的写像については有限個の絶対連続不変エルゴード的測度が存在し、ルベーグ測度についてほとんど全ての点の軌道の経験分布はそれらのいずれかに収束することを示した。これは1次元の場合のラソタ=ヨークの有名な結果の拡張である。(2)一方、逆に区分拡大的写像において、微分可能性を有限階しか仮定しない場合には、ある開球の反復合成による像の半径が0に収束するような例があることを示し(1)の場合の事実が成立しないことを証明した。このことは長年の懸案を否定的に解決するものであった。(3)任意次元の区分線形拡大写像について絶対連続不変測度が存在して(1)の場合の事実が成立することを証明した。実際は、任意次元の実解析的区分拡大的写像についても成立が予想されているが、これについては今後の課題である。
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