研究概要 |
原子核には、アルファ崩壊や核分裂、超変形状態の崩壊など、多自由度系における複雑なトンネル過程が数多く存在する。これらのトンネル確率は、原子核の内部構造の変化に敏感であって、そのことが原子核の寿命の理論的な予言を困難にしている。一方、CaldeiraとLeggettは、準安定な多自由度系の模型を用いて、摩擦がトンネル効果に与える影響を調べることに成功しており、その寿命の表式が高温極限でKramers型、摩擦のない極限でBohr-Wheeler型を与えることから、原子核の分裂過程に対する内部運動の影響を知る上で重要な模型であることが知られている。以上を研究の背景として、本研究では、複雑な原子核の内部運動をランダム行列模型を用いて統計的に記述し、それらが原子核の形の変化におけるトンネル過程の動力学にどのような影響を与えるかを調べることを目的とする。 具体的には、準古典的な多自由度トンネル系に対するわれわれの理論(Phys.Rev.C51,1994,p187)を多フェルミ粒子系に適用し、計算機実験によって、トンネル確率に対する準位間遷移の非断熱効果を調べ、結果を「摩擦」や「有効質量」といった巨視的な量で理解できるかどうかを考察することを目的とする。本年度は2年間の研究計画の準備段階として、ワークステーションおよびその関連ソフトウエアを導入した。予備的な数値実験を行った結果、次のような結果を得た。(1)巨視的なトンネル確率は準位回避点における非断熱遷移により抑止される、(2)原子核の理論でしばしば使われるクランキング型有効質量は準位回避点近傍で特異的に大きな値を持つけれども、動的なトンネル確率の計算を行うとその影響は比較的容易にsmear outされる。より進んだ定量的な議論は、現状のワークステーションの記憶容量では困難なので、来年度に継続した研究計画において、準位数や粒子数を増やした数値実験を行ったあとに行う予定である。
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