本年度は、Fe原子を含んだ有機伝導体における近藤系の研究を進めるための予備実験として有機超伝導体α-(h_8-BEDT-TTF)_2ND_4Hg(SCN)_4の^2D(重水素)-NMRの実験を行うと共に、NMRスペクトロメータを二重共鳴法に対応させる為の改造を行った。前者についてはアンモニウム基の回転運動に関する知見が得られ、後者については本年度に購入したパワーアンプで二重共鳴法励起パルスを発生させるためのパルスジェネレータ回路を作成し動作テストを行った。 予備実験の対象としたα-(h_8-BEDT-TTF)_2ND_4Hg(SCN)_4はT_c〜1Kの超伝導体であり、百数十K程度で単位胞に異常な歪みが生じることが単結晶のX線解析実験からわかっている。この系のアンモニウム分子の運動の情報を選択的に得るために、アニオン基のアンモニウム分子のみを重水素置換した試料を合成し、^2D-NMRの実験を行った。温度域2〜240KにおいてスペクトルをFID信号のフーリエ変換から緩和率T^<-1>_1をinversion-recovery法で測定した。その結果、130K以下の温度で電場勾配によるスペクトルの分裂が観察され、更に低温の40Kにおいて緩和率T^<-1>_1に発散的な極大が見られた。これは130Kでアンモニウム分子の回転運動が自由回転から、定位置に有限時間留まるようなホッピング的回転に変化することによって、電場勾配の平均化が行われなくなり、スペクトルの分裂を引き起こし、さらに、低温(〜40K)でホッピング速度が減速し、NMR共鳴周波数(数十MHz)と一致した所で緩和率の発散が起こったものとして理解される。X線で観察された格子歪みは、このアンモニウム基の回転運動の変化が関与している可能性がある。次年度は本研究の主題であるκ-BETS-FecL_4において、アニオン層の^<57>Fe核と伝導層の^<77>Se核の間で二重共鳴の実験を行う。
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