本研究の目的は、強相関電子系における近藤効果を二重共鳴NMRによって調べることである。対象物質は有機伝導体κ-BETS-FeCl_4で、磁性はFe-3d電子スピンが担っている。低温で磁気転移が見られないことから、近藤効果による磁性の消失が十分期待できる。フェルミ面の状態密度はBETS分子内におけるSeのπ電子による寄与が大きいので、Se核とFe核との間で異種核二重共鳴NMR(SEDOR)を行うことで両者の結合の強さを求め、これを超微細構造定数で除することで、伝導電子と局在電子スピンの間の交換相互作用を評価できる。 初年度は、現有のNMRスペクトロメータを二重共鳴用に改造を行った。二重共鳴では異なる二つの周波数で別々の核スピンをタイミングをずらして励起する必要があるため、パルスプログラマと励起用パルス発生系の製作を行った。 次いで予備実験として、低温で原因不明の帯磁率の異常と構造歪が報告されている有機超伝導体α-(BEDT-TTF)_2NH_4Hg(SCN)_4についてNH_4サイトを選択的に重水素置換し、重水素NMRの測定を行った。この予備研究は予想外の成果を挙げ、低温でNH_4分子の自由回転運動がホッピング的となり、さらに低い温度でランダムな方向を向いて停止することがわかった。また、ホッピング運動への転移は一次相転移的にドラスチックに起こることもわかった。これらの結果はPhysical Review誌等に論文として投稿し既に掲載済みである。次年度は、本題であるκ-BETS-FeCl_4におけるSe核、Fe核、Cl核の信号の検出を試みたが全く観測できなかった。今後、スペクトロメータの改良により、感度を高めて再検出を試みるとともに、BETS分子両端に配置しているプロトン核のNMRで、間接的に伝導面の情報をプローブする計画も視野に入れて研究を続行していく予定である。
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