本研究では、物性値の空間分布を考慮して、スラブ内の応力場の数値シミュレーションを行った。スラブ構成物質をオリビン(Mg0.89Fe0.11)2SiO4と仮定し、差分(FD)法を用いてスラブ内の温度分布を計算し、各タイムステップごとに物性値の空間分布を反映させた。スラブ内部の応力場に影響を与える要素として、スラブと周囲のマントルの密度差により生じる正・負の浮力、沈み込むスラブの上面・下面に働く剪断力、スラブ先端がマントルから受ける抵抗力、熱応力及び不均質体積変化により生じる応力を考慮し、有限要素法(FEM)を用いて弾性応力解析を行った。正・負の浮力に起因する応力は、α相内のdown.dip tension、γ相内に卓越するdown-dip compression、γ→Pv+Mw相転移境界付近のdown-dip tensionで特徴づけられ、最大剪断応力はオリビン準安定相境界及びγ相内深部に集中し30MPa程度を示した。剪断力に起因する応力場は、α相内では圧縮場が、γ相内ではdown-dip tensionが現れ、最大剪断応力の大きさは、数MPaと非常に小さかった。スラブ先端が受ける抵抗力に起因する応力場では、down-dip compressionが卓越し、最大剪断応力はスラブ先端部で最大値を示した。熱応力及び不均質体積変化により生じる応力は、各相転移境界で応力集中が見られた。深発地震発生数と解析結果のdown-dip方向の応力を比較した結果、正・負の浮力による応力が深発地震のピークと一致し、700km以深では最大剪断応力がゼロに近づき、サイスミシティが見られないことがうまく説明されることにより、考慮した5つの要素の中で最も良い一致を示すことがわかった。また、正・負の応力に起因する応力場とハーバード大学のグループによるCMT解との比較を試み、これについてもスラブと周囲のマントルの密度差による正・負の浮力が地震学的観測データを最もうまく説明する支配的な要素であると結論づけた。
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