研究概要 |
電子-振動相互作用は,共役π電子系の分子振動を扱う際に避けて通れない問題である。近年,電子計算機の性能が格段に向上した結果,電子相関の効果を取り入れた電子波動関数を用いて,共役π電子系の分子振動を数値計算できるようになり,電子-振動相互作用の定量的評価という点に関しては,解決の方向に向かっている。しかし,共役π電子系における電子-振動相互作用に対する理解を深めるためには,振動力場(スペクトルの横軸)のみではなく,赤外・ラマン強度(スペクトルの縦軸)にも注目する必要がある。本研究では,以上の考察に基づき,次に示す研究を行った。 (1)多環芳香族炭化水素ラジカルカチオンの面内振動に由来する赤外強度 これらの分子は,中性からラジカルカチオンに酸化されると,1600-1000cm^<-1>領域の赤外強度が非常に増大するなど,赤外スペクトルの様子が大きく変化する。その増大した赤外強度に寄与する振動モードの振動形を,doorway-state理論を用いて解析した。(2)キノイド分子の面内振動に由来するラマン強度 キノイド分子は,ベンゼノイド分子とは異なる特徴的なラマン強度パターンをもつことが実験的に知られている。本研究では,その原因となっている電子-振動相互作用を解析した。(3)スタックした複数の共役π電子系分子間の相互作用に由来する赤外・ラマン強度 テトラチアフルバレンなどから成る混合原子価錯体の結晶などにおいて見られる,特異的な赤外・ラマンバンドに大きく寄与する振動モードの振動形を,モデル系を用いて解析した。(4)赤外・ラマン強度に関係した電子構造変化の解析のためのモデルハミルトニアンの構築 赤外・ラマン強度の起源となる電子構造変化を議論するめに,科学的洞察を得やすい形のモデルハミルトニアンを構築し,それに基づく計算プログラムを開発した。これを用いた具体的な計算は,平成10年度に行う予定である。
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