研究概要 |
本研究の目的は「溶媒和ダイナミクスにおいてスペクトルの不均一幅の緩和機構を溶質・溶媒分子の電子状態・分子構造に基づいて理解する」ことである。今回、色素分子の極性の異なる混合溶媒中における過渡的ホールバーニングスペクトルを測定したところ、溶媒の拡散的なモードがスペクトル幅の緩和過程(系のエネルギーの分散の緩和)に対して強調される結果を得た。 溶質には光励起に伴い双極子モーメントμが増加する色素分子cresyl violetを用いた。溶媒にはTHF(μ=1.8D)、アセトニトリル(ACN) (μ=3.5D)及びそれらを種々の比で混合したものを用いた。 ホールスペクトル幅の緩和は、THF,ACN純溶媒中でそれぞれ30ps、2ps以内で完了している。しかし圧倒的にTHFに富む混合系では緩和が著しく遅い。たとえばTHFを97mol%含む混合溶媒TA中で観測されたスペクトル幅の回復の遅い成分の時定数はτ=130psと見積もられ、純溶媒のバルクの誘電的性質を用いて解釈することは困難である。一方全溶媒に対するACNのモル比を用い、ACNの拡散律速速度定数から反応速度を見積もるとTA系では時定数は130psと求められ、τの時間領域に近い。この遅い緩和は、励起された溶質分子の周囲の、μの小さい純溶媒中での配向分布に対し、摂動量加えられたμの大きい溶媒が、溶質分子の方へ並進拡散的に配向していく過程を観測していることに対応すると考えられる。 系の平均エネルギーの緩和は、これらの混合溶媒系でも特に顕著な遅延は認められなかった。溶質近傍の溶媒分子の素早い回転拡散、あるいは慣性項で達成され得ると説明できる。 今後、無極性溶媒中でのスペクトル幅の緩和過程の観測を行うとともに、相互作用点モデルを用いてスペクトル幅の時間発展をモデル系に関して計算し、実験結果より得られた緩和機構を理論的側面から検証する予定である。
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