本年度は、以下の三つの研究成果を得ることができた。(i)イソシアン化カルシウム(CaNC)の異性化反応に関する電子励起状態と反応動力学の理論的研究、(ii)一次元周期非断熱トンネル系の解析、分子スイッチへの応用。(iii)硫化カルボニル(OCS)の光解離過程の理論的研究。 (i)の研究においては、基底状態および励起状態とも変角振動モードにおいて比較的低い振動準位から大振幅振動を起こし、擬回転運動を起こしていることが理論的に予想された。特に、実験で観測されている光吸収や発光スペクトルの帰属については、Renner-Teller効果によってもピークの分裂を説明することができた。また、発光スペクトルは異性化により生じたシアン化カルシウム(CaNC)からの発光と帰属した。 (ii)の研究においては、一次元という限られた空間ではあるが、非断熱トンネル系特有の完全反射現像と周期系に現れる完全透過現象を利用して波束の動きを完全に制御することができることを提案した。特に、このモデルを基に分子スイッチへの応用が期待される。 (iii)のテーマについては、昨年から画像観測法による観測を行う分子科学研究所の鈴木グループと共同研究を始め、実験と理論の双方からOCSの光解離過程の解明を行って来た。特に、実験により解離生成物であるCOの回転準位分布に二つのピークがあり、大きなピークはA′とA″状態を経て解離する一方、小さなピークはA′状態のみを経て解離していることが判明している。そこで、この解離経路を解明するために、関連すると思われる電子励起状態のポテンシャルを分子軌道計算により求め、得られたポテンシャル上で核の運動について波束の時間発展法により求めた。理論結果は実験結果を定性的には再現することができ、小さなピークは同一対称性を持つ基底状態との非断熱遷移により、説明された。また、大きなピークを作る原因となるA′とA″状態を経た解離が似たような回転分布となった理由は二つの電子状態がかなり似たポテンシャル曲面であり、その理由はこの二つの状態を記述する電子配置がともにS原子性が強いためであることが判明した。
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