研究概要 |
タキソ-ルは西洋イチイの樹皮から単離され、1971年に構造決定されたジテルペンであり、顕著な抗腫瘍作用を示すことが知られている。主な骨格であるパッカチンIIIはそれぞれA,B,CおよびD環部と呼ばれる炭素六員環,炭素八員環,炭素六員環およびオキセタンから構成される四環性化合物であり、分子全体にわたり複数の不斉炭素を含んでいる。複雑な構造を持つタキソ-ルの化学的全合成はこの十数年来世界中の多くの有機合成化学者によって興味ある課題として取り上げられてきたが、現在の高度な精密有機合成の見地からも非常に困難な問題とされている。これまでにアメリカの四つのグループからタキソ-ル合成法が発表されており、また最近東京工業大学の桑島らのグループからも合成法が報告されたが、現在でもより効率的かつ汎用性の高いタキソ-ルおよびその類縁体の全合成法の開発が強く望まれている。 筆者らは、従来試みられている合成法と異なる新しい観点に立ち、まずタキソ-ルのB環に相当する光学活性な八員環状化合物(B環部)を合成し、これにC,AおよびD環を順次構築する合成戦略を考案し、このユニークな合成法によってタキソ-ルの不斉全合成を達成することを目的として検討を行った。一般には困難と考えられている炭素八員環骨格の構築はまず前駆体となる鎖状ポリオキシ化合物の閉環により収率良く目的を達成した。さらに種々の立体選択的かつ効率的な合成反応を考案してこれらを十分に駆使することによりC,AおよびD環部の環化反応を行い、タキソ-ルならびにその合成中間体である種々のタキサン系化合物の不斉全合成を行うことができた。この方法によればAおよびC環の構造変換が可能なので、類縁体を含めタキサンジテルペノイドの従来にみられない極めて効率的で一般性を持つ合成法が拓かれたことになる。
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