ヘム酵素の機能の多様性と活性中心のヘムに配位する軸配位子との関わりは多くの研究者の注目を集めているが、その詳細は明らかでない。本研究では、酵素反応中間体に対して軸配位子がもつ役割りを解明するため、酵素由来の軸配位子をもつ反応中間体モデル錯体(CompoundIモデル錯体)の合成を行った。これまでに報告されたCompoundIモデル錯体にイミダゾールやフェノールを添加しても、錯体自体が還元されるのみであった。失敗の原因として、溶媒由来のメタノールや酸化剤由来のベンゾエ-トが軸配位子として存在することが考えられた。そこで、配位力が弱く、外部の配位子と容易に交換可能なパークロレート錯体を用いること、酸化剤として配位性のイオンを生成しないオゾンを用いることにした。その結果、イミダゾールやフェノレートを軸配位子にもつ酵素反応中間体モデル錯体を初めて合成することができた。 合成された錯体は、-80度以下で数分間安定に存在した。錯体の電子構造を種々の物理化学的測定により検討した。イミダゾールやフェノレートを軸配位子にもつCompoundIモデル錯体は、ペルオキシダーゼやカタラーゼのCompoundIと類似した吸収スペクトルを与えた。これは、軸配位子がCompoundIの電子構造を制御していることを示唆した。モデル錯体に導入した軸配位子が正常に配位していることは、配位子の^1H-NMR、^2H-NMRシグナルから確認された。また、軸配位子の導入によりポルフィリン環上のHOMO軌道の変化は観測されなかったが、各炭素上のスピン密度に変化が観測された。この結果は、酵素反応の際にポルフィリン環からの電子移動の速度に影響することを示唆した。
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