本研究者は近年、α-Al_2O_3単結晶基板上に作製したエピタキシャル α-Fe_2O_3薄膜のスピン構造が、薄膜の配向方位に依存し、しかもバルク結晶のものとは大きく異なることを見出した。これはα-Fe_2O_3薄膜成長過程に由来する格子の乱れあるいは歪みが原因であると考えられるが、不明な点も多い。そこで本研究では、in situ Raman分光法を用いることにより、エピタキシャルα-Fe_2O_3薄膜の薄膜成長過程における構造変化を明らかにし、それが薄膜のスピン構造に及ぼす影響を明確にすることを目的としている。しかし、膜厚が数原子層以下の超薄膜においてはRaman強度が非常に微弱であり、既設のRaman分光装置での測定は非常に困難であった。そこで本年度は、Raman分光装置の光学系及び信号系を改善することにより、検出感度の向上を現在試みている。 またそれと並行して、元素置換によりα-Fe_2O_3薄膜の電子構造やスピン構造を制御する目的で、Ti ドープ・エピタキシャルα-Fe_2O_3薄膜の作製を行なった。バルク結晶の場合、α-Fe_2O_3-FeTiO_3は全率固溶体を形成し、また両端組成の化合物は反強磁性体であるにもかかわらず、中間組成の固溶体は強いフェリ磁性を示すことが知られている。反応性蒸着法を用いることにより、同様のエピタキシャルα-Fe_2O_3-FeTiO_3固溶体薄膜の作製に成功した。しかし、基板温度が700℃以下と低い場合にはFeイオンとTiイオンの配列が規則化されず、フェリ磁性を示さなかった。一方、基板温度が800℃と高い場合にはFeイオンとTiイオンの配列が規則化され、固溶体薄膜はFe_<2-x>Ti_xO_3(0.5<x<0.9)の組成範囲でフェリ磁性を示すことを見出した。また、このFeイオンとTiイオンの配列が規則化は、X線回析法によっても確認することができた。
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