研究概要 |
本研究の目的は,社会進化の理論でこれまで注目されてこなかった生活史戦略理論から,アリ類の社会構造の多様性を再検討し,血縁淘汰理論と生活史戦略理論の統合をめざすことである。初年度となる本年は,女王やワーカーの個体レベルの繁殖スケジュールの解析に必要な,DNAマーカーの応用が当研究室で可能となるよう実験環境を整えた。結果,現時点では少なくともムネボソアリ類についてはマイクロサテライト核DNA多型の分析が当研究室で可能になったが,他のアリについてはまだ調整中である。野外における生態調査に関しては,沖縄産のハリアリ類の営巣場所の移動と個体群密度の短期的変動の分析と,温帯産のムネボソアリ類とアミメアリの量的遺伝解析と繁殖生態に関する調査を行った。また,熱帯産のアリ類の巣あたり女王数と棲息環境の関係についても実証研究を行い,沖縄同様に撹乱環境ほど多女王制の種が多いというTsuji & Tsuji(1996)の生活史戦略モデルの予測と一致する結果が得られた。遺伝マーカーの応用にメドの立ったムネボソアリ類について,今年度の得られた注目すべき新たな知識とは,生産された繁殖カースト(女王と雄)の個体レベルの形質(体サイズなど)にコロニー間変異があり,それが性比や繁殖カースト生産へのコロニーレベルの投資量と相関があったことである。これまでの血縁淘汰理論では,コロニーレベルの性比や投資量の差がもたらす生産される繁殖カーストの質の差についての議論はほとんどなく,これがコロニーの繁殖スケジュールとどう関係するのか,遺伝構造との関連はどうなるのかが,今後期待される研究展開である。今年度の研究結果をもとに,現在ムネボソアリ類の遺伝マーカーを利用した本実験と,他のアリ類での遺伝マーカーの開発を中心に実験を進めるかたわら,理論的研究としては血縁淘汰に集団サイズの変動過程を組み込んだモデル等を考案中である。
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