昨年度授粉行動の観察を行ったイチジク-コバチ類送粉共生系の6種対(ガジュマル、イヌビワ、オオイタビ、ハマイヌビワ、オオバイヌビワ、ギランイヌビワ)について、コバチ類がイチジク属植物の花に授粉を行うことが、その後の幼虫発育にどのような影響を及ぼすのかについて調査を行った。現地で花粉を持たないコバチ類を導入し、花粉を持ったコバチ類に通常通り授粉・産卵させたものと比較したところ、ガジュマル、オオバイヌビワ、ギランイヌビワの3種では、羽化するコバチ類の成虫数が著しく少なく、特に雌でその傾向が顕著であった。これに対して、イヌビワ、オオイタビでは羽化するコバチ類の成虫数が有意に少なくなることはなかった。ハマイヌビワは寄生性のハエ類の影響もあって、十分なデータが取れなかった。このことから、前者3種ではコバチ類の幼虫の発育、特に雌個体の発育に、授粉による胚嚢の発達が重要であるのに対して、後者2種では、幼虫発育に特に授粉が必要ないことが明らかになった。このことは、前者3種の送粉コバチ類が花粉を運搬する器官(花粉ポケット)を持つのに対して、後者2種のコバチ類がそのような器官を持たないことと対応している。われわれのこれまでの研究から、花粉ポケットを持たないコバチ類は、持っているコバチ類から派生的に進化してきたことが明らかになっている。これらのことから、送粉コバチ類の授粉行動は、幼虫の発育を確実にする意味で適応的であり、その必要がなくなったイヌビワ、オオイタビのコバチ類の系統群では、授粉行動と花粉を運搬する器官を失ったと考えられる。授粉行動を取らないコバチ類に送粉されるイチジク属植物は、他の種に比べて多くの雄花を花嚢の中に持っており、これは授粉行動の消失にともなう受粉効率の低下が選択圧となって進化してきたものと考えられる。
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