1. 受精後の核の挙動 これまでの研究から、日本とオーストラリアのササバアヤギヌは正常に交配し、F1四分胞子体までは正常に生育することがわかっている。両株のrRNA遺伝子のITS領域の塩基配列を調べたところ、230塩基中20サイトで塩基置換が確認された。そこでその領域で特にホモロジーの低い領域(平均78%の相同性)をはさんだプライマーをデザインし、PCRによりジゴキシゲニン(DIG)標識DNAプローブを作成した。サザンブロッティングを行ったところ、両株のブローブはサザンブロッティングにより両株のgenomic DNAにそれぞれ特異的にハイブリすることが確認された。そこで、オーストラリアの雄株と日本の雌株を交配させ、10日後の嚢果をテクノビット樹脂に包埋し、この切片(厚さ2〜4μm)をin situハイブリダイゼーションに供した。ハイブリは48゚Cで12時間行い、アルカリフォスファターゼ発色系により検出を行った。 日本株由来のプローブをアプライしたところ、栄養細胞内の核および果胞子体細胞内の核のどちらにもシグナルがみられた。一方、オーストラリア株由来のプローブをアプライすると、果胞子体細胞の核のみにシグナルがみられ、このプローブはオーストラリア株の雄ゲノムを有する2nの果胞子体核に特異的にハイブリすることがわかった。 紅藻は受精後に雌性配偶体上において特定の細胞(核相n)と造果器細胞(核相2n)が融合するため、核相の異なる核が一つの細胞(融合細胞)に混在するという極めて特異な現象が起こる。この融合細胞から次世代の果胞子体が発達するのだが、この果胞子体細胞にも2種類の核が含まれるのかどうかは不明であった。本研究の結果によると果胞子体細胞には配偶体核は含まれていないらしい。つまり、果胞子体形成には配偶体核は直接関わってはおらず、融合細胞内に留まっていることが示唆された。 受精後の果胞子体の発達様式は紅藻の分類や系統を考える上で非常に重要視されている。今回はイギス目の種類を材料としたが、他の目についても同様の手法を用いて、世代間の相互作用について比較検討する必要がある。 2. 生殖反応と遺伝的距離 アヤギヌ属藻類は交配させる組み合わせによって様々な生殖反応を誘導できる。そこでこの生殖反応の違いと遺伝的距離の関係を調査した。比較する分子種はRUBISCO spacerとその周辺領域(271bp)を用いた。その結果、a)F2配偶体に稔性あり=0-0.4%(Caloglossa continua)、0-0.4%(C.leprieurii)、b)F2配偶体に稔性なし=2.7%(C.leprieurii)、c)雌雄どちらの組み合わせでも偽嚢果を形成=1.9-2.3% (C.leprieurii)、3.7%(C.postiae)、d)雌雄どちらかの組み合わせのみで偽嚢果を形成=7.0%(C.monosticha)、e)嚢果を形成せず=3.1-10.2%、であった。この結果は、生殖反応と遺伝的距離が必ずしも相関関係にあるわけではないことを示唆している。本研究は、生殖反応は一種の「共有原始形質」でありこの反応を示すもの同士が必ずしも系統的に類縁ではない、というショウジョウバエなどの研究結果を支持している。
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