研究概要 |
異方性エッチング法により作製したGaAsの微小STM探針に円偏光を照射し,GaAs伝導帯中へ励起したスピン偏極電子によるトンネル電流の変化から試料表面のスピン状態を原子およびナノスケールで観察する新しいスピン偏極走査型トンネル顕微鏡の開発研究を進めた。 まずポッケルスセルを用いた円偏光変調励起システムを自作の真空STM装置に組み込み,磁性薄膜(Ni)試料の場合におけるトンネル電流の円偏光変調信号成分の検出に成功した。STMチャンバ内で磁性試料の磁化を行い,変調信号の磁化に対するヒステリシス特性を確認した。さらに磁化方向の反転によるヒステリシスループの逆転現象も得られ,円偏光励起GaAs探針によるスピン状態の観察が可能であることを実験的に示した。得られた円偏光変調信号成分は最大で全トンネル電流の約20%と極めて高い値が得られた。これはGaAs探針の表面準位による短いキャリア寿命のためにスピン緩和時間内でのトンネル効果が有効に起きているものと考えられ,現在理論的な解析を進めている。また高いスピン偏極率を有するSTM探針を開発するために,InGaAs/GaAs歪超格子を探針先端に導入した構造についても検討を加え,発光の偏向特性実験からGaAsの理論限界値より高いスピン偏極率を確認した。この結果はタイプII型超格子構造における電子と正孔の分離によるBAP効果の抑制によって説明できた。 次に円偏光変調信号のイメージング化を進め,試料表面の一回の2次元走査により,通常のSTM像(トポグラフィック像)とスピン偏極STM像を同時に取り込むシステムを開発した。Ni薄膜試料の磁化方向の反転によるスピン偏極STM像のコントラストの反転を確認し,さらにNiの島状構造の境界付近に観察されたスピン方位の反転領域が磁区および磁壁を示唆するものと考えられ,現在検討を進めている。現時点における試作スピン偏極STM像の最高分解能は約5nmであり,今後さらに原子分解能をめざす予定である。
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