樹木年輪中の炭素同位体比が年輪形成時の気候と関連性を有する可能性が指摘されているが、その対応関係等については不明な点が多い。本研究は、滋賀県南部に位置する太神山から採取されたヒノキ試料について年輪セルロース中の炭素安定同位体比(δ^<13>C)の変動を調べて気象データと照合し、この地方の近過去の気候復元に利用することを目的としている。 初年度(1997年度)には、採取した試料の中から2個体を選んで各約100年分ずつ同位体比を1年輪ごとに計測し、年輪幅や気象要素との相関分析を行った。なお、これらの試料については年輪幅の計測も行われており、2〜4月平均気温と正の相関、5〜7月降水量と負の相関を有することが見出されている。まず、同一個体内の異なる測線間、及び異なる個体間での同位体比の相関を調べたところ、いずれについても同位体比は年輪幅よりもはるかに高い相関性を有することが明らかになった。これは、同位体比の変動が個体的特徴よりも地域に共通する環境要因をより強く反映していることを示している。次に同位体比と気象要素との相関分析を行ったところ、初夏(5〜6月)の降水日数と負の相関、早春から初夏(2〜6月)の日照時間と正の相関が、2個体に共通して認められた。初夏の降水との負の相関性は年輪幅にも共通してみられる傾向であり、また早材形成時期の日照と正の相関を有するという結果は、光合成による同位体分別効果に関するこれまでの知見と合致するものといえる。同位体比と年輪幅との関連性については、個体によって密接な関係が見られる場合とそうでない場合とがあり、今後試料数を増やしてさらに検討していく必要がある。
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