GHQが実際にコミットした東京の都市空間の中から、個人の住宅を將校用住宅として使用したいわゆる「接収住宅」を対象とした。これまでに収集した資料から、(1)接収住宅総体としての特質の把握、(2)接収前後における住まいの変化、(3)「住宅接収」がもたらした影響について考慮した。概要は以下の通り。 1.接収住宅の分布は江戸から明治期にかけて形成された山の手の空間構造を土台とし、明治後期から昭和初期にかけて台頭してきた新資産階層をその所有者とする地域に集中しており、ある領域性を持つ場として人々から認識されていた。 2.明治以降の近代化の流れの中に位置づけられる接収住宅は、大学教育や海外経験を介して、この時期に台頭してきた階層の経済的な背景のもとに導入された、新しい間取りと設備を備えた近代住宅である。 3.こららの住宅の戦前における「近代」の導入は、住まいの様式や形態にとどまらず、住まい方などのソフト面にも及び、洋装・パーティーの習慣化といった中身の変化を伴った。洋風の間取りの導入にも象徴されるように、家族生活や個人のプライベートなつきあいを重視するような空間の導入は、対世間的、対人的コミュニケーションの枠組みがこれまでのものから大きく変化したことを示している。 4.GHQ軍人のための個人住宅の接収は、敗戦後の混乱と住宅不足という状況下で行われた。特に住宅の所有者にとっては、昭和21年施行の財産税・非戦災者特別税、昭和26年施行の富裕税と共に大きな負担を抱えることになり、返還後の維持困難による家屋の売却という事態を招いた。規模が大きく、文化財的価値のある住宅はその後公共化されるが、それ以外の家屋は取り壊しされるケースが少なくなく、都市のストックを失う結果を導いた。 5.接収住宅の選定は、GHQ側の選定基準をもとに作成された日本側のリストをもとに、GHQ軍人と担当の日本人が家屋を物色して行われた。この選定の際に、重点が置かれたのは仕上げ材・寝室の数・洋便器の数・暖房給排水設備の有無・サンルームやガレ-ジといった特別室の有無であり、ある基準以上の規模を備えていれば、特に建築面積や敷地面積に関する条件は問われなかった。
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