前年度に合成法を確立した、分子内渡環配位を含む1-アザ-5-スタンナシクロオクタン環を有する有機スズ反応剤について、スズ上に反応性炭素基としてアリール基、アルキル基および塩素を有するものを種々合成した。 次にこれらを反応剤とし、p-ヨードおよびプロモアニソールを反応基質として、パラジウム触媒交差縮合反応を試み、対応するジブチルスズ反応剤を対照群として反応性を比較した。その結果、分子内渡環配位を含む反応剤は、いずれも対照群に比べ、高い反応性を示すことが明らかとなり、前年度予備的に得た知見に一般性のあることを示すことができた。ただし、今回用いた条件では、スズ上の炭素基2個を全て交差縮合反応に供給することについては、十分な効果が得られなかった。一方、この反応系に、ハロゲン化物イオンのような、スズに配位できる化学種を共存させると、反応性のさらなる向上が認められた。配位子としてはフッ化物イオンが最も効果的で、塩化物イオンがこれに次ぐ効果を示した。スズ反応剤を求核剤とする反応において、反応性の向上を目的としたHMPAなどの配位子の添加を研究した例は過去にもある。また、フッ化物イオンを配位子とする、高配位スズ反応剤の合成例についても報告があった。しかし、入手の容易な市販のフッ化物イオン反応剤を反応系に添加するだけという簡便な方法でテトラオルガノスズあるいはハロゲン化オルガノスズ類を活性化できるという報告例はこれまでなかった。さらに今回、スズ上の複数の炭素基を、高効率で反応に供給するという点で、効果的かつ一般性の高い手法が初めて見いだされた。今回得た知見は、反応性の向上並びにスズ反応剤の高効率利用という面で有機合成化学に寄与する上、有機スズ反応剤を用いた場合にこれまで避けられなかった、環境負荷副産物の発生を抑止可能にするという環境問題の観点からも、新しい反応系の開発への応用を期待させるものである。
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