オレフィン、アセチレンなどの不飽和有機化合物の触媒的ヒドロシリル化反応は有機ケイ素化合物の最も一般的な合成法である。そのメカニズムについては、不飽和結合が遷移金属-水素結合間に挿入するChalk-Harrod機構と、遷移金属-ケイ素結合間に挿入するModified Chalk-Harrod機構が提案されている。触媒や反応基質の種類によって、両者のいずれかが進行するものと考えられているが、反応条件によって機構がこの様に変化する理由について、これまで明確な説明はなされていなかった。 本研究では、ルテニウム、ロジウム、白金等の遷移金属錯体を用いて、このヒドロシリル化触媒反応機構の研究に適した反応系の探索を行った結果、ヒドリドルテニウム錯体RuHCl(CO)(PPh_3)_3(1)を触媒として用いた4-トリメチルシリン-1-ブテン-3-イン(2)のヒドロシリル化反応系で、二種類の触媒サイクルを別々に検証することに成功した。 まず、1を触媒とする基質(2)のヒドロシリル化反応で、付加形態の異なった五種類が生成物を確認した。錯体化学的手法により、これら五種類の化合物の生成に関与する全ての中間錯体の単離、および構造決定に成功した。この中間錯体の反応性を詳細に調べた結果、全触媒反応の機構は、1より始まるChalk-Harrod機構と、反応系中で生成製するシリルルテニウム錯体Ru(SiR_3)Cl(CO)(PPh_3)_2(3)より始まるModified Chalk-Harrod機構、およびこれらのサイクルをつなぐ変換過程によって構成されていることを明らかにした。また二種類の機構の選択性は、それぞれのサイクルで中間体として形成される二種類のアルケニルルテニウム錯体とヒドロシランとの反応の選択性の違い、すなわち(C-Si+Ru-H)結合形成が生ずるか、あるいは(C-H+Ru-Si)結合形成が生ずるかによって支配されていることを明らかにした。
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